健康経営の鍵!ポピュレーションとハイリスクアプローチを取り入れるメリット

社員の健康は企業の持続的な成長に直結する重要課題です。近年、働く人のメンタルヘルス不調や生活習慣病リスクが深刻化し、企業には従業員の健康を守り増進する「健康経営」が求められています。実際、現在の仕事や職業生活に強い不安やストレスを感じている労働者は8割を超えており、政府は2027年までにこれを5割未満に減らす目標を掲げています [1]。また、40歳以上の男性では約3人に1人が肥満と推計されるなど生活習慣病予備群も多く存在します[2]。こうした広範な健康リスクに対処するには、集団全体への働きかけ(ポピュレーションアプローチ)と、高リスク者個人への支援(ハイリスクアプローチ)を組み合わせる必要があります[3]。

本記事の目的は、これら両アプローチの意義と背景を整理し、企業への具体的な影響やメリットを示した上で、現場で役立つ検知方法と施策を提案することです。課題と要因の相互関係を分かりやすくひも解き、読者が明日から実践できる健康経営の取り組みを紹介します。

ポピュレーションアプローチとハイリスクアプローチが重要な要因は?

まず、ポピュレーションアプローチとハイリスクアプローチの概念を確認します。ハイリスクアプローチとは、生活習慣病の予備群や強いストレス反応があるなど、健康上の課題を抱えた特定の労働者個人を対象に、その人の健康状態改善を図る手法です 。一方、ポピュレーションアプローチは、健康課題の有無に関わらず労働者をひとつの集団ととらえ、組織全体の健康水準を底上げする手法を指します。いわば、前者が“木”を治療するアプローチ、後者が“森”全体を健やかにするアプローチとも言えます。

従来、企業の健康対策は高血圧や肥満といった要注意者への指導、メンタル不調者のケアなどハイリスクアプローチが中心でした。しかしそれだけでは新たな不調者の発生を防ぎきれず、組織全体の健康度合いは頭打ちになりがちです。例えば長時間労働や職場環境といった職場全体の要因を改善しなければ、個人の努力だけでは限界があります。また健康意識が高い層と低い層の差が開き、組織内で健康二極化が生じる恐れもあります。

こうした背景から、全従業員を巻き込んで底上げするポピュレーションアプローチが注目されています。日本でも2019年に労働省の「健康保持増進措置に関する指針(THP指針)」が改訂され、ポピュレーションアプローチの視点を取り入れることが強調されました[3]。これは、組織ごとの課題に応じて職場環境や風土そのものを改善し、従業員が自発的に健康増進に取り組める土壌を作る狙いがあります。同時に、従来のハイリスク者への対応も引き続き重要です。指針では事業者が両アプローチを効果的に組み合わせて実施することが推奨されており、個人と集団の両面から健康課題にアプローチする包括的な健康経営が求められています。

社会背景としては、少子高齢化に伴う労働力人口の減少や、高齢社員の増加で健康リスク管理の重要性が増していることが挙げられます。さらに、新型コロナ禍を経てテレワークの広がりや働き方の多様化により、運動不足やコミュニケーション不足によるメンタル不調など、新たな健康課題も顕在化しました。企業はこれら多面的な課題に対し、予防から対応まで戦略的に取り組む必要に迫られています。

健康課題による影響

従業員の健康問題を放置すると、企業活動にさまざまな悪影響が及びます。まず生産性の低下です。体調不良やストレスによる集中力欠如で、**出勤していても十分に力を発揮できない「プレゼンティーイズム」**が発生すると、生産性損失は休業による不在よりも大きくなることもあります[4]。例えばメンタルヘルス不調によるやる気低下や判断ミスが積み重なれば、プロジェクトの遅延やミスの増加につながりかねません。

さらに欠勤や休職の増加も深刻な損失要因です。厚生労働省の調査では、日本で休業(病気休職を含む)している労働者は2022年時点で約213万人、労働者全体の3.15%に上ります [6]。身近な職場でも「30人に1人」は何らかの長期休業を経験している計算です。休業者が出れば周囲の従業員に業務負荷が集中し、さらにストレスが伝播して連鎖的に休職者が増えるリスクも指摘されています。人員不足に陥れば残った社員のモチベーション低下や離職にもつながり、悪循環に陥ってしまいます。

経済的な損失も無視できません。ある試算によれば、年収600万円の社員が6ヶ月休職すると、代替要員の手当や同僚の残業代増など企業が負担する追加コストは約422万円にも達します 。これは本来支払う給与の約70%に相当し、1人休職者が出るだけで年間給与のほぼ二人分に近いコスト損失が発生する計算です[6]。新入社員の早期離職では採用・育成コストもかかっているため、これらの損失を埋め合わせるには何倍もの売上増が必要になります。健康問題は企業財務に直接影響する重要リスクなのです。

他にも、社員の健康悪化は労働災害やヒューマンエラーの増加にもつながります。疲労や体調不良が原因で事故発生率が上がれば、安全管理上の問題となり得ます。また慢性的な健康問題を抱える社員が増えると、企業の医療費負担や健康保険料負担の増大、企業イメージの悪化(「社員を大切にしない会社」という印象)など長期的な影響も出てきます。

一方で、健康経営に積極的な企業ではポジティブな効果が数字で表れています。30万人規模のストレスチェックデータ分析では、健康経営優良法人に認定されるような企業の従業員は、その他の企業に比べて「高ストレス者」の割合が有意に低く、生産性指標や定着率が高いことが確認されました[7]。健康に投資する企業ほど業績や人材定着で優位に立つ可能性が示唆されています。こうしたデータからも、社員の健康課題を放置すれば損失、対策を講じれば収益向上につながるという相互関係が明らかです。

対象者を把握する方法とは?

効果的な健康経営を進めるには、まず社内の健康課題を見える化することが出発点です。以下のようなサーベイ(調査)やデバイス、ITツールを活用することで、課題の早期発見と高リスク者の特定が可能になります。

  • ストレスチェックや健康意識調査: 年に1度のストレスチェックは従業員の心理的ストレス度を把握する有効なサーベイです。集団分析結果から組織全体の高ストレス者割合や部署ごとのストレス傾向を把握できます。加えて、従業員へのアンケートで職場満足度や健康意識、エンゲージメントを定期的に調査すれば、メンタル面の課題を定量的に測定できます。例えば「最近仕事にやりがいを感じない社員の割合」「相談相手の有無」などの指標は職場環境改善のヒントになります。
  • 定期健康診断データの分析: 毎年実施される定期健診の結果は貴重なヘルスデータの宝庫です。BMI(肥満度)や血圧、血糖値、肝機能値などの分布を分析することで、組織全体の生活習慣病リスクの傾向がわかります。健診結果を一元管理する健康管理システムを導入すれば、要精密検査者や有所見者(要観察者)の抽出が容易になります。例えばメタボリスク保有者の割合や、前年より悪化した人の人数を把握し、高リスク群をリストアップできます。最近は産業医や保健師が健診データを分析して健康リスクスコアを算出するサービスも登場しています。
  • ウェアラブルデバイスや健康アプリ: 従業員にスマートウォッチや活動量計を配布し、歩数や心拍数、睡眠時間などを日々記録してもらう企業も増えています。個人のプライバシーに配慮しつつ、集団の平均値や不足傾向を把握することで、たとえば「全体の平均睡眠時間が6時間未満の割合」「1日の平均歩数が目標未達の社員比率」といったデータを得られます。ある企業ではオフィス入口に血圧計や体組成計を設置し、従業員が自由に測定できるようにしています。そうしたヘルステックの活用により、運動不足やストレス蓄積の兆候を早期に察知できます。
  • 勤怠・業務データの活用: 健康状態は勤怠記録や業務データにも表れます。たとえば残業時間が恒常的に長い社員有給休暇取得率が極端に低い部署は、過労による心身負担のサインかもしれません。また病欠の発生状況や頻度も重要な指標です。「直近半年で連続病欠が何日以上」の社員リストを出すことで、潜在的な高リスク者(メンタル不調や持病悪化の可能性)の把握につながります。人事システム上のデータを定期的に解析し、異常値をアラートで知らせる仕組みづくりも有効でしょう。
  • 専用ツール・サービス: 最近では企業向けの健康管理クラウドやアプリも多数登場しています。従業員一人ひとりに健康スコアやバーチャルコーチングを提供し、管理者は集団傾向をダッシュボードで確認できるツールなどがあります。またEAP(従業員支援プログラム)の利用状況データや、社内カウンセラー面談記録(守秘範囲に配慮した集計)から、組織の抱える心理的課題の傾向を分析することもできます。

このように、データに基づく現状把握が対策の第一歩です。健康課題を可視化し定点観測することで、対策前後の効果検証もスムーズに行えます。現状分析により「課題の優先順位づけ」「目標設定」にも具体的な数値を用いることができ、経営層への説得力も増します。産業医や保健師と協力して得られたデータを解析し、「何が問題か」「誰がサポートを必要としているか」を明確化しましょう。

それぞれの施策を解説

健康課題の把握ができたら、次は実際の対策の実行です。ポイントは、前述のポピュレーションアプローチ(全体施策)とハイリスクアプローチ(個別施策)をバランスよく組み合わせることです 。ここでは企業で今すぐ取り組める具体策を、いくつかのカテゴリーに分けて紹介します。

ポピュレーションアプローチの施策(集団全体への働きかけ)

  1. 職場環境・制度の改善: 従業員全員の生活習慣を底上げするには、働く環境そのものを健康的にすることが近道です。例えば、オフィスに休憩スペースや軽い運動ができるエリアを設置したり、社内に階段利用を促すポスターを掲示してエレベーター依存を減らす工夫が考えられます。食環境の整備も有効です。社員食堂で栄養バランスの良いメニューを提供したり、自販機の飲料を糖質オフのものに入れ替えるだけでも効果があります。ある企業では毎週水曜日を「ノー残業デー」かつ「健康推奨日」と定め、定時退社後に社員が各自スポーツや健診受診など健康行動を実践できる仕組みを導入しました。このように制度として健康行動を後押しすることで、「忙しくて健康に手が回らない」という状況を減らせます。
  2. 健康増進プログラムの全社展開: 全社員参加型のプログラムを実施して、健康への意識と知識を高めましょう。例えばウォーキングキャンペーンや社内運動イベントです。歩数チャレンジを行い一定期間に最も歩いた部署を表彰する、昼休みにオンラインで参加できるヨガ・ストレッチ教室を開催する、社員有志でランニングクラブを作る等、楽しみながら参加できる企画が望ましいでしょう。ある食品会社では年間52週それぞれに異なる健康テーマを設定した「健康カレンダー」を社内配信し、毎週全社員に食事・運動・休養などのアドバイスを提供しました。この取り組みにより社員の健康リテラシーが向上し、自主的な行動変容が促されたといいます。また別の中小企業では**「野菜から食べる(ベジファースト)」習慣の定着を狙い、仕出し弁当に無料のサラダを付ける施策**を導入しました。これを機に社員の野菜摂取量が増え、食生活の改善につながったそうです。こうした全社的プログラムは従業員同士の連帯感も生み、健康づくりのムーブメントを社内文化に育てる効果もあります。
  3. 教育・啓発と情報提供: ポピュレーション施策として見過ごせないのが健康教育です。専門家を招いたセミナーやeラーニングで、生活習慣病予防やメンタルヘルスケア、ストレス対処法などの知識を提供しましょう。特に管理職向けには「ラインケア研修」を実施し、部下の健康状態に気を配る方法や声かけのコツを習得してもらうことが大切です。また、健康ニュースやコラムを定期配信するのも手軽に始められる施策です。社内報やメールで月1回、季節に応じた健康アドバイス(熱中症予防、インフルエンザ対策、メンタルヘルス週間の紹介など)を発信すると良いでしょう。ある企業では産業看護職が中心となり、毎月テーマを決めた健康通信を配信したところ、「家族にも内容を共有した」「健診結果の見方が分かった」など社員から好評だったといいます。知識の普及は健康行動の土台になるため、地道な啓発活動を継続することが重要です。
  4. 健康文化の醸成: 全社的に健康増進を推進するには、経営トップからのメッセージや組織風土づくりも欠かせません。経営者自らが「健康第一」を掲げ、みずから健康的な生活を実践してロールモデルとなることで、従業員も安心して健康活動に参加できます。定期的に社長メッセージで健康経営の重要性を伝えたり、社内報で健康に取り組む社員を紹介するなど、健康にポジティブな社風を作りましょう。また目標を数値化し進捗を共有することもモチベーションにつながります(例:「社内の喫煙率を半年で○%に減らす」「有給取得率○%達成」等)。全員参加型のイベントや表彰制度(例:健康功労者表彰)を設けるのも良い刺激になります。従業員が自分ごととして健康増進に取り組める風土を醸成することが、ポピュレーションアプローチ成功のカギです。

ハイリスクアプローチの施策(高リスク個人へのケア)

  1. 高リスク者のフォロー面談・相談: 健診結果やストレスチェックで高リスクと判定された従業員には、産業医や保健師、カウンセラー等による個別フォロー面談を実施しましょう。例えば血圧や血糖値が高かった社員には医療機関受診を勧奨し、必要に応じて勤務時間中の通院を認めます。高ストレス判定者には速やかに産業医面談を案内し、本人の抱える悩みや職場要因をヒアリングします。ここで重要なのは、指摘や評価ではなく寄り添った支援の姿勢を示すことです。「心配している」「会社としてサポートしたい」というメッセージを伝え、必要な配慮(一時的な業務軽減や配置転換など)につなげます。こうした面談機会を通じて早期に対処すれば、重篤化や長期休職を防げる可能性が高まります。
  2. 専門家による個別健康指導: ハイリスク者には専門的なプログラム参加を促すことも有効です。例えばメタボリックシンドローム該当者や予備群の社員には、健保組合等が実施する特定保健指導プログラムを積極的に受けてもらいます。管理栄養士や保健師が3ヶ月~6ヶ月にわたり食事・運動の指導やサポートを行うもので、多くの参加者で体重減少や血液指標の改善効果が報告されています。社内でも、減量が必要な社員向けに健康チャレンジ制度を設ける企業があります。一定期間の減量目標を宣言してもらい、達成者にはインセンティブ(例えば商品券や社内表彰)を付与する仕組みです。また、喫煙者に対しては禁煙外来の費用補助や社内禁煙プログラムを提供し、参加者を個別フォローします。メンタルヘルス面では、鬱症状が疑われる社員に対してEAPカウンセリングや専門医受診につなげる対応が求められます。社内に臨床心理士や産業カウンセラーを配置している場合は、その専門スタッフによる継続的な面談支援も有効です。
  3. 職場環境の個別調整: 高リスク者への配慮として、勤務環境の柔軟な調整も検討します。たとえば持病で通院が必要な社員には時差出勤や在宅勤務の許可を与え、無理なく治療と仕事を両立できるようにします。うつ病などで休職した社員の復職支援プログラムも重要です。産業医の意見を踏まえつつ、段階的に勤務時間を増やすリハビリ出勤を認めたり、周囲の社員への配慮事項を周知した上で職場復帰を受け入れます。復職直後は業務量や責任を軽めに設定し、週1回程度のフォロー面談を行うことで再発を予防します。さらに、業務上強いプレッシャーを受けている社員がいれば一時的な配置転換や業務内容の変更も選択肢です(例:対人応対業務でメンタル不調になった社員を、一時的に負荷の少ない内勤業務へ移す等)。このようにその人に合わせた柔軟な措置を講じることで、個々の健康問題が深刻化するのを防ぎます。
  4. 家族や医療機関との連携: ハイリスク社員の中には、会社だけで支援が難しいケースもあります。その際は本人の同意のもと、家族や主治医と連携を図ることも検討しましょう。例えば重度のメンタル不調で休職中の社員について、産業医と主治医が情報交換し復職時期の判断や職場での配慮事項を共有することがあります。また家族ぐるみで生活改善に取り組めるよう、配偶者向けの健康セミナーや家族参加OKの社内イベントを開催する企業もあります。健康保険組合との協力(コラボヘルス)も有用です [4]。健保が持つレセプト(診療明細)データから重複投薬の発見や、受診勧奨が必要な未受診者リストの提供を受けることで、会社として適切な声かけができる場合もあります。このように社内外のリソースを総動員し、ハイリスク者を孤立させない支援体制を築きましょう。
  5. プライバシーと信頼の確保: ハイリスクアプローチを進める上で忘れてはならないのが、対象者のプライバシー保護と信頼関係です。健康状態はデリケートな個人情報であり、扱いを誤ると本人の抵抗感を招いてしまいます。従業員の健康情報は産業保健スタッフや人事のごく限られた担当者のみが管理し、上司や同僚には不用意に開示しないルールを徹底しましょう。面談や指導の実施も「本人の同意」が大前提です。その上で、「あなたの状態が心配なので是非サポートさせてほしい」というスタンスで接することが大切です。決して責めたり評価したりせず、安心して相談できる雰囲気作りに努めます。信頼関係が構築できれば、社員も素直にアドバイスを受け入れ行動を変える意欲が湧いてきます。ハイリスクアプローチ成功の陰には、産業医・保健師・人事担当者らの丁寧なコミュニケーションが支えていることを肝に銘じましょう。

以上のように、ポピュレーションとハイリスクそれぞれに有効な施策がありますが、重要なのは両者を一貫した戦略の中で統合することです。例えば全社員向けの健康セミナーを行った後、高リスク者には個別相談の場を設定するといったように、段階的かつ補完的に設計します。集団施策で土台を築きつつ、要支援者をきめ細かくフォローすることで、組織全体の健康度を効果的に引き上げることが可能になります。

2つのアプローチで期待される効果

実践した対策は、本当に効果があるのでしょうか。幸い、健康経営の取り組みが企業にもたらすメリットを示すデータや研究結果が増えてきています。いくつか代表的な数字を紹介します。

まず効果が現れやすいのが欠勤率や医療費の削減です。国外の研究になりますが、職場の健康増進プログラム導入により病気による欠勤(日数)が平均20%以上減少したとの報告があります[8]。また社員の仕事能力や活力(ワークエンゲイジメント)が向上する傾向も確認されました。特に運動機会の提供や生活習慣改善支援を行った場合、心身の活力指標が有意に上がったとのことです。一方で、知識提供だけの研修など受動的な介入のみでは効果が薄いという示唆もあり、実践を伴うプログラム設計の重要性が浮かび上がります。

投資対効果(ROI)の面でも興味深いデータがあります。米国で行われたメタ分析によれば、企業が従業員のウェルネスプログラムに投じた1ドルに対し、医療費削減で3.27ドル、欠勤コスト削減で2.73ドルの費用対効果が得られたという結果が報告されています。つまり健康投資は**「1円の投資に対し約3円の医療費節減効果」**を生み、欠勤が減ることで生産性向上というリターンも見込めるということです[89。この研究は主に米国企業のデータですが、健康経営が長期的には企業のコスト削減と利益向上につながり得るエビデンスとして注目されています。

日本企業に目を向けても、健康経営の推進による成果が徐々に可視化されています。前述の保健同人フロンティアの調査では、健康経営優良法人の社員は他社に比べ高ストレス者が少ないだけでなく、エンゲージメント(仕事に熱意を持って取り組む度合い)も高いことが示されました[6]。さらに人材定着率も向上しており、健康経営が従業員の会社への愛着や働きがいを高め、結果的に離職防止につながる可能性があります。実際に「健康経営有料法人」4年連続選定、2022年にブライト500にも選ばれた「中沢ヴィレッジ」では人材の定着や、働きやすい企業として学生や求職者から評価が高まるケースも報告されています。

個別企業の事例では、ある製造業で長時間労働是正と運動奨励をセットで行ったところ、1年で社員の平均血圧が数mmHg低下し、生産性指標が改善したとの報告もあります(※社名非公表の事例研究より)。また別の企業では管理職のメンタルヘルス研修実施後、部下の高ストレス者割合が翌年にかけて10%以上減少したというデータが社内分析で得られています。これらは単なる相関かもしれませんが、現場感覚としても「施策を打ってから体調不良での欠勤が減った」「社員同士の声かけが増え雰囲気が良くなった」といったポジティブな変化を感じる担当者は多いようです。

重要なのは、対策の効果をしっかり測定・検証(モニタリング)することです。健康診断結果やストレスチェック結果の経年変化、欠勤者数・残業時間の推移、社員アンケートでの健康意識スコアなど、KPIをあらかじめ定めて定量的に評価しましょう。効果が見られた施策は継続・拡大し、逆に変化がない場合は別のアプローチを試すなど、PDCAサイクルを回すことで施策の精度が高まります。実データに基づいた改善を続けることで、「健康投資=コスト」ではなく「健康投資=リターンを生む戦略」として社内の理解も深化していくでしょう。

2つのアプローチを組み合わせた包括的な健康経営

社員の健康を守り育てることは、企業にとって欠かせない経営戦略です。その鍵となるのが、ポピュレーションアプローチハイリスクアプローチを賢く組み合わせた包括的な健康経営でした。ポピュレーションアプローチによって職場全体の健康リテラシーと環境を底上げしつつ、ハイリスクアプローチで要支援者を的確にフォローすることで、組織のすみずみに健康意識と実践が根付いていきます。その結果、従業員の活力向上や生産性アップ、医療費や欠勤コストの削減、人材定着率向上といった多くのメリットがもたらされることを見てきました。

企業と個人双方にメリットがある点も強調されます。社員一人ひとりにとっては、健康支援策のおかげで生活習慣が改善し、疾病リスクが下がるだけでなく、会社から大切にされている安心感や働きやすさが得られます。企業にとっては、生産性の向上やリスク低減に加え、健康で生き生き働く従業員が増えることでイノベーションやサービス品質も高まり、対外的な企業イメージ向上にもつながります。まさにwin-winの関係と言えるでしょう。

読者の皆様には、ぜひ今日から以下のアクションを実践してみることを提案します。

  • 現状の見える化: 自社の健康課題をデータで把握しましょう。直近の健診結果やストレスチェック結果を分析し、課題リストを作成することから始めてください。
  • 経営層への提言: 把握した課題と対策案を経営層に共有し、健康経営推進のコミットメントを得ましょう。可能であれば数値目標(KPI)も示し、投資対効果を説明します。
  • 施策の優先順位設定: ポピュレーション施策とハイリスク施策をバランスよく計画します。まず手軽に始められる全社イベントや環境整備から着手しつつ、高リスク者へのフォロー面談も並行して開始しましょう。
  • 専門家の活用: 自社内に産業医・保健師がいれば存分に協力を仰ぎ、いない場合も外部のEAPサービスや健康コンサルタントを活用して計画をブラッシュアップします。
  • 小さく始めて継続改善: 最初から完璧を目指す必要はありません。できることから小規模に始め、効果を検証しながら徐々に施策を拡大してください。継続こそ力なりです。

ポケットセラピストは、ストレスチェックや各種サーベイによるアプローチ対象者の把握、医療職との面談機能や、テキストによる悩み相談、eラーニングコンテンツによるヘルスリテラシーの向上など、ポピュレーションアプローチとハイリスクアプローチの両方を叶えられるソリューションを提供しています。

健康経営は一朝一夕に成果が出るものではありませんが、着実に取り組むことで必ず組織に良い変化が訪れます。社員の笑顔と活力が増え、職場全体が明るく前向きになれば、その先にある業績向上はきっと実現できるはずです。ぜひ本記事の内容を参考に、ポピュレーション&ハイリスクの両アプローチを取り入れた実効性のある健康経営に踏み出してください。今日から始める一歩一歩が、将来の大きな成果につながります。

引用・注釈

[1] 厚生労働省 「過労死等防止対策白書(令和5年版)」第1章 – 職場におけるメンタルヘルス対策の状況
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001314682.pdf

[2] 厚生労働省「令和5年 国民健康・栄養調査結果の概要」
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001338334.pdf

[3] 厚生労働省 「事業場における労働者の健康保持増進のための指針(THP指針)令和元年改正」
https://www.mhlw.go.jp/content/000747964.pdf

[4] 厚生労働省「データヘルス・健康経営を推進するためのコラボヘルス ガイドライン」
https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-12401000-Hokenkyoku-Soumuka/0000171483.pdf

[5] 厚生労働省 「令和5年版 労働経済の分析」
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/23/dl/23-1.pdf

[6]  内閣府男女共同参画局 「企業が仕事と生活の調和に取り組むメリット」
https://www.gender.go.jp/kaigi/senmon/wlb/pdf/wlb-kigyoumeritto.pdf

[7] 経済産業省「健康経営の推進について」
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/240328kenkoukeieigaiyou.pdf

[8] Kuoppala J, Lamminpää A, Husman P. Work health promotion, job well-being, and sickness absences: a systematic review and meta-analysis. J Occup Environ Med. 2008;50(11):1216-27. PMID: 19001948

[9] Baicker K, Cutler D, Song Z. Workplace wellness programs can generate savings. Health
Aff (Millwood). 2010;29(2):304-11. PMID: 20075081

執筆者のプロフィール

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ポケットセラピスト編集者

企業として介入しづらいメンタルヘルスの不調に対して、カラダの痛みや悩みからアプローチ。医学的根拠に基づいた、独自性の高いサービス『ポケットセラピスト』のマガジン編集担当です。 健康経営の取り組みに役立つ最新の情報をお届けします。